佐伯胖先生の「「学び」の構造」を読みました。
古い本だとは思って手に取りましたが、なんと昭和50年初版でした(驚)。ロングセラーですね。
eラーニングのことを「ティーチングマシン」という名前でこの時代に書いていますが(驚)、古さは感じさせません。
これを読んでいる人でeラーニングのコンテンツを作っている人がいるかどうかわかりませんが、どのようにつくればいいか、今でも参考になります。
私の周りは、一流大学を出た人が多いのですが、こういうタイプだったかのかと初めて知りました。
学べない人間の三つのタイプ
A.無気力型人間
B.ガリ勉型人間
C.ハウ・ツウ型人間
Bは勉強という作業をやっているだけの人で、Cはやり方については考えるが、何故?何?ということについては目が向かない人のことです。
「学びのひろがりと高まりの諸段階」というのも目から鱗です。私の理解では、
第一段階
言われた通りのことを全く受動的に「丸暗記」するレベル
第二段階
目標に直接関係ある者だけ選択されて、そのために学ぶレベル
第三段階
目標が定まっておらず、目標をさがす(知的好奇心)が生まれてくるレベル
第四段階
新しい知識を確かめるプロセスが自分が納得いくだけでなく、他人の目から見ても当然と思えることだけを選択していき、疑問が出てくれば外へ向かって疑問を投げかけるくレベル
第五段階
疑問を自分で何か新しい一貫性生み出すことによって解消しようと努めるレベル
第六段階
他人の目が自分の近しい人々を超えてあらゆる可能な他人の目を想定できるレベル
最後に、著者が言いたかっただろうことが書いてあります。
学びにおける五つの問い
(一)「前提」を問う
背景にどんな「前提」があるはずか、なければならないかを
問い、その「前提」の妥当性を問うてみる。
(二)「アタリマエ」を問う
わたしたちが普段の生活の中で「アタリマエ」としてきている
ことを、ふと疑問に感じたときに、その疑問を「みんなもやってる
から」とか、「誰もそんなことを疑問にした人はいないから」という
理由でおさえつけてしまってはならない。
(三)「意味」を問う
何か新しい知識を学んだら、それを自分の生活、自分の経験と
照らし合わせ、どんな意味をもつかを問うてみる
(四)「関連」を問う
さまざまな知識が、それぞれ主に照らし出している、あるいは
照らし出そうとしている世界が何であるか、それらの相互の関係
は何か、(中略)などについて問うてみる
(五)「役割り」を問う
一つの知識は、決して「単なる知識」にとどまるものではない。
それは必ず、わたしたちにとって「よい」ものであり、わたしたちや
世の中を「よく」していくために役立つものであるはずである
「真理は苦労することによって得られるのではなく、問うことによって得られる。」
「人間、これこそ学びつづけていくことのできる唯一の存在であり、この存在を否定することだけは、断じて許してならないからである。」
内容も興味深いのですが、辛辣な言い方も非常に面白い本です。
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