S・マクナミー、K・J・ガーゲン編の「ナラティヴ・セラピー -社会構成主義の実践-」を読みました。
http://rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?t=kon418-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4772405666&ref=qf_sp_asin_til&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr
社会構成主義はここでも何度も出てきていますが、「自然や自己についての〈正確〉で〈客観的〉説明というものは、実は社会過程の産物であり、人々の間で構成されたものと考える」という考え方です。
タイトルの「ナラティヴ・セラピー」との関係では、以下のように書かれています。
「自己と他者、そして、世界をどう捉えるかは、人々の間で共有されている言葉のやりとりや語り方の慣習によって決まってくる。したがってたとえば、ある人間やある国の歴史を「実際に起こったこと」に基づいて記述することはできない。むしろストーリーを語る形式や物語りの形式といった道具立てが先にあって、それが過去にあてはめられ、形をなす。もし、物語るという昔ながらの方法を用いなければ、(たとえば、成長や変化や失敗について、また、始まりと終わりがあり独自の論理展開をもつ物語について)納得のゆく説明はできないだろう。実際、われわれが「本当」とか「良い」とか思うことの大部分は〈歴史というコンテクスト〉の産物なのだ」
今流行りのストーリーテリングや保険の世界で言うと、「例話」が有効なことがよくわかります。
というより、ストーリーで語らないと、納得のいく説明はできないということです。
一部の会社では、「例話」が重要視されていますが、多くの会社で蔑にされているのではないでしょうか。
0 件のコメント:
コメントを投稿